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代表師範プロフィール

これから武術を志すあなたへ

荒木一弘 略歴

小学生の頃、友人の影響で和道流空手を始める。
高校に入って、実際に打ち合うフルコンタクト空手の存在を知り、入門。

空手で打撃を学びながらも、組み合った時の関節技や投げ技の必要性を感じる。また、武器への対処法を知りたいと考えていた時に、大東流合気柔術(琢磨会系列)と出会う。

大東流を探求する中で、西郷派大東流合気武術の存在を知る。当時、滋賀県の瀬田に拠点を置いておられた曽川和翁先生の元へ弟子入りする。剣術、杖術(槍術)、柔術を中心に、幅広い技法を教伝いただく。一方で、武士道、陽明学、心法などの思想も学び、武術に対する考え方が一変する。

西郷派大東流の奈良支部長となる。同じ頃、「棍法一切之事」を拝受する。

思うところがあり、西郷派大東流を退会。但し、曽川先生との師弟関係は継続させていただく。

平成18年、煉誠館の前身である「煉誠塾」を立ち上げる。

剣術に対する理解を深め、活人剣の思想を学ぶため、柳生新陰流兵法・二蓋笠会に入門。

修験道の聖地・吉野山で、金峯山修験本宗の五條永教先生とご縁をいただく。平成26年、得度受戒にて法名「弘永」を授かる。山伏としての修行を開始。

平成27年、稽古会の名称を「煉誠館」に改名。

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    代表師範・荒木一弘近影

強くなりたい気持ち

世の中は楽しいところ、美しいところ。
そう思えるのならば、その人は、どれだけ幸せでありましょうか。

私が本格的に武術の世界に足を踏み入れたのは、16才の時でした。その頃は、精神的にも悩みが多く、物事を悲観的にしか捉えられない状態で、自律神経失調症などを患っていました。何をしても苦しい、悲しい。わけもなく自分が惨めになったり、他人の視線が怖かったり。高校も中退しています。

そんな状況の中で、自分に辛く当たる世の中に負けないよう、強くなりたいと願いました。最初は空手でしたが、合気道やその他の格闘技なども平行して学びつつ、少しずつ、強さを手に入れていきました。いつも、躍起になって誰かを倒すことばかり考えていたように思います。でもその強さは、いわゆる喧嘩に勝つための技術であって、世の中と向き合い、上手くやっていくという意味での強さには、全く手が届かなかった。相変わらず、世界は苦しいことばかりで汚いものだ、という世界観に浸っていました。

そんな時に出会ったのが、現在、煉誠館の母体となっている「西郷派大東流合気武術」でした。西郷派大東流には、高度な技法のみならず、武士道や陽明学に端を発する思想がありました。人間いかに生きるべきか、生まれてきた目的は何なのか、人間は善なのか悪なのか。師である曽川和翁先生にご指導いただきながら、自分自身と向き合う日々を送っていると、いつしか、世界の見え方が変わってきました。清も濁も内包する世界の景色が、少しだけ美しく見えるようになったのです。

武術は、元々が敵を倒すための技術です。誤解を承知であえて言うならば、敵を殺すための方法であり、だからこそ、そこには人の生死と向き合う精神の極みがあります。武術者は聖人君子ではありません。自分本位な正義の人でもありません。清浄を目指して善根の施しを心がけつつも、人間の汚い部分も受け入れる。全てを有りのままに捉えるその生き方は矛盾がなく、私の心に柔軟さを与えてくれました。

だから、私には分るのです。武術には、人の精神を良き方向に導く力がある、と。自分の心の奥底にある「誠」に触れ、世界の慈悲に気づいた時、人間は、自然と感謝の気持ちが湧き上がってくるのだと。
もし武術を深く学んでいなければ、私は感謝することを知らず、家族や周囲の愛情に気付けない最低の人間だったはずです。人にたくさん迷惑をかけて、身勝手な懊悩の果てに死んでいたことでしょう。今でも、凡人の範疇を超えない人間ではありますが、あの頃よりは幾分かマシになったかと思います。

護身術として、暴力に対抗するための強さも有用です。ですがそれは、武術を学ぶ過程で自ずと身につくものであり、最終目標にすると、狂気の世界へと転落する可能性があります。これもまた、私の経験上、分かることです。どんな理由があろうとも、人の不幸を望むという姿勢は狂気でしかありません。

精神的武士が、世の中を暖かくする

このような、自分の精神と向き合う武術は、古来、日本の武士たちが修めてきたものと同じです。時代に合わせて変化はしておりますが、根底には、日本刀を扱う剣術があり、剣の裏技である柔術や杖術、槍術などの技法も残されています。流派によって、思想や技術が異なりますが、時代を遡れば、どこかに必ず武士の存在がある。武士がいなければ、日本刀を扱う技術など、存在しなかったのですから。
日本の古流武術を学ぶものは、濃いか薄いかは別として、武士が学んだそれと同じ系統を継いでいることは間違いないのです。そこが、海外の武術と決定的に違う部分です。

現代では、身分制度としての武士の階級は失われております。が、未だに武士の存在感は強く、武士道や、武士が残した精神的足跡を心の支えにして、行動の指標としている方も珍しくありません。世界規模で見ても稀有な存在として、日本人以外でも、憧憬の対象とする方もおられるでしょう。

私は思うのです。武士は滅んでいない。過去の遺物などではないと。
武士が残した精神は、武術はもちろん、その他の日本文化の中に確かに残されている。それに学び、自己を向上させる者は、かつての武士と同じように、精神の高みを目指している。ゆえに「精神的武士」であるに違いないと。そう強く思うのです。

過去の武士にも色んな人がいたでしょう。求道を極めて高潔な精神に至る人も、上手く世渡り出来ずに悩み苦しんだ人も、政治手腕を発揮して治世に貢献した人も、人殺しの技ばかりを磨いた人もいたはずです。ですが、人生の展開にどのような差があったとしても、武士と呼ばれた方の多くは、人間の心の奥底にある「誠」に触れ、意識的に心身を修め、より高いところを目指していたはずです。

ここで私が言う武士とは、象徴であり記号でありますが、「精神的武士」であることを目標に掲げれば、折に触れて自らを奮い立たせることが出来ます。人間は弱いものですから、自己の基盤となる目標や思想がなければ、簡単に折れてしまいます。
煉誠館の武術は、護身の技を身につけることだけを目標にしていません。武術を通じて自分と向き合い、心の中の「誠」に出会い、自分が「精神的武士」であると自覚することを大切にします。

自己を省みて、調子に乗らず、常に向上を目指す。失敗しても良いのです。上手く世渡り出来なくても良いのです。「精神的武士」という生き方を支えとして、世の中に善を蒔く努力が出来れば、ほんの少しかもしれませんが、世の中は平和になり、もっと暖かくなるのではないでしょうか。私はそう信じたいし、それを目指して活動しています。

何のために武術を学ぶのか

ここまで読み進めて下さったあなたは、何かしらの武術を始めようと検討しておられるのだと思います。

武術を学ぼうとする方の多くは、強くなりたい、護身術を身につけたい、精神力を高めたい、などが主な目的だと思います。他にも、日本人らしくありたい、何だかカッコイイ、好きな漫画の主人公が使っていて憧れる、そんな理由かもしれません。

きっかけは人それぞれ。自分の人生に良い影響が出れば、理由は何だって良いと思います。

ただ一つ、先に武術を始めた者として、私からお伝えしたいことがあります。
武術は、一歩間違えれば、とても危険なものです。精神修養としての側面を重視するにしても、人を傷つけるための技術であることには違いなく、そればかり追い求めれば、人間的に良くない方向に進んでしまう可能性があります。

個々の性格にもよりますが、武術を始めて少し経つと、自分が強くなっていくこと自体が楽しくなって、人を傷つけることばかり研究するようになります。熱心であればあるほど、変な自信や優越感を持ってしまって、傲慢な言動を取ってしまうようになるかもしれません。実際、そういう方もいらっしゃいます。
そうなれば、有意義な人生どころか、武術を始める前より退化しています。暴力ばかりが得意で、精神的な向上を疎かにする者は、社会に迷惑をかける存在になってしまいます。

日本の古流武術を象徴する日本刀は、美しい刀身をひけらかすことなく、常時は鞘の中に収まっております。そう安々と抜き放たれることはありません。

抜き放つ時は相応の報いを覚悟しなければならないし、自他を傷つけることは免れないからです。日本刀は、人を傷つけることなく、鞘の中に収め隠したまま、一生を終えるのが理想なのです。

あくまでも、武術は自分と向き合うための手段であり、人を傷つける道具に貶めてはならないと私は思います。現代社会において、敵を制する技術は、優しさや慈しみの心と共になければ無価値です。どのような武術、格闘技を学ぶにしても、それだけは、心に留めておくことが大切ではないかと考える次第です。

それでも、武術はとても良いものです。世界の美しい部分と汚い部分、どちらも認め、受け入れているのが武術です。成果を得るまでに時間はかかりますが、正しく向きあえば、一つひとつの所作が心身を映す鏡となり、様々な気付きへと導いてくれます。万が一のときに、愛する家族や、彼女を守ることが出来るかもしれません。

もしあなたが、護身の術と共に、自己と向き合う方法を求めておられるのなら、ぜひ武術を始めてみて下さい。一歩踏み出せば、きっと新しい自分と出会えるはずです。
そして、煉誠館が、あなたの目的や考え方に合っていそうなら、ぜひ一度、見学においで下さい。体験もしていただけますし、色々と、話を聞かせてほしいです。

同じ志を持つあなたと共に、楽しく、美しい人生を歩めることを楽しみにしています。

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