よくあるご質問
稽古の内容について
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体力や運動神経に自信がないのですが、大丈夫でしょうか?
全く問題ございません。当会で学ぶ技法は、体力や運動神経によって効果が高まるものではありません。もちろん、最低限の体力はあった方が良いですが、技の習得には、思考の切り替えや、無駄な力を抜く脱力の感覚の方が重要です。
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怪我などが心配ですが、安全ですか?
武術ですから、確実に怪我はないという保証はありません。が、型稽古を主体としているため、格闘技やスポーツなどに比べると、かなり安全であると考えております。稽古会を初めてからかなりの年月が経ちますが、現在までに大きな怪我をした者もおりません。
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向き、不向きはありますか?
老若男女、誰にでも習得は可能ですが、やはり、向き不向きはございます。とは言っても、身体能力の有無ではありません。「素直に学ぶ」「焦らずにコツコツ修練できる」「上手くいかないことを他人のせいにしない」といった姿勢を持っている方は、比較的上達が早いと感じます。
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高齢者でも稽古についていけますか?
日常生活を平均的に送れているのであれば、問題ございません。もちろん、若者と同じ動きが出来るかと言えば不可能ですが、自分と向き合い、積み重ねていくということに年齢は関係ございません。昨日の自分よりも進歩していることが大事だと思います。
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稽古の雰囲気はどのような感じでしょうか?
武術の道場とはいえ、社会人の集まりですから、非常識な論理がまかり通ることはありません。イジメなどはもってのほかですし、体育会系的なノリも皆無です。先輩が偉そうな態度をとることもございません。みな自分の目的に沿って、マイペースで稽古に励んでおります。
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格闘技などのようにスパーリング形式の稽古は行いますか?
原則としてスパーリング等の稽古は行いません。自身と向き合う型稽古が中心です。が、稽古の一環として、袋竹刀を用いた自由攻防や、限定的なルールを設けた組み手などは行うことがあります。ですがそれも、習熟の度合いにより慎重に判断した上で行っております。
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稽古に必要な道具は何でしょうか?
道着(空手着、柔道着、合気道着等)、木刀、五尺杖があれば、一通りの技法を学ぶことが可能です。他、経験に応じて、袋竹刀や居合刀をご用意いただくことになりますが、最初は木刀を用いた剣術と、素手の柔術の稽古が主体となります。
入門について
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入門を検討するために見学をすることはできますか?
ぜひおいで下さい。が、興味本位や単に見てみたいという場合についてはお断りしております(もちろん、見学に来られたからと言って、入門を強制するようなことはありません)。
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見学時に面談があるのは珍しいですが、なぜそのような方針なのでしょうか?
武術というものに対するイメージは人によって違います。特に、古流の武術は、稽古の目的や方法が一般的なスポーツ等とは異なっておりますので、事前に意識合わせをしておかないと、せっかく興味を持っていただいたのに貴重な時間を無駄にしてしまうことになります。
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興味はあるのですが、続けられる自信がありません
新しいことを始めるときに不安を感じるのは当たり前のことです。特に、武術の世界に足を踏み入れるのは、大変なことかもしれません。ですが、稽古自体は厳しくありませんし、変な体育会系のような上下関係もありません。怖くないので、興味がおありでしたら一度見学においで下さい。
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毎週稽古に参加することができないのですが、それでも入門できますか?
問題ありません。ただし、剣の素振り等の基本的な稽古については、自宅で毎日行うことを推奨しております。毎週欠かさず稽古に参加することも素晴らしいですが、それよりも、毎日の積み重ねや心構えの方が大切であると考えています。
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中学生でも参加できますか?
現時点では、当会への参加は中学生以上となっており、一般の大人に混ざって稽古していただきます。
中学生は、子どもから大人へと変化していく時代であり、大人たちと同じ環境、同じ世界で稽古することは、技の習得以上に大きな価値を持つと考えております。
技法について
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どれくらいで実戦に使えるようになりますか?
とても難しい質問です。実戦という言葉の定義によりますが、暴漢に対抗する護身を実戦と言うのであれば、最低でも3年程度は必要だと思います。ただし、相手が武器を持っているか否か、複数人か、などによっても異なります。また、寝込みを襲われたり、不意を突かれては、10年以上修行しても、なかなか対応はできません。まずは、戦いから遠ざかる方法や、争いに巻き込まれにくい人間性を考えることが有用かと思います。
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護身術を学びたいのですが、身に付けることはできますか?
武術ですから、自然と護身の力は身に付きます。が、いつ、何時、誰に対しても効果的な技術を身に付けるのは至難の業です。生兵法は大怪我の基、という格言もあります。それでも、学ばないより学んでおいた方が、危険を回避する可能性は上がると確信しております。
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他派の大東流は柔術が中心です。なぜ剣術などの武器を重視しているのですか?
一般に、大東流と言えば、素手の技法という印象があるようです。が、当流の母胎となっている西郷派大東流では、「柔術は剣の裏技である」としており、剣を知らない者に柔術は使えない、という立場を取っております。また、他派大東流の中興の祖である武田惣角、合気道の植芝盛平、その他、柔術の達人は、多くが剣に習熟しております。それを考えても、柔術と剣は切り離せないと考えるのが妥当ではないでしょうか。
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筋力トレーニングなど、補助的な運動を自主的に行う必要はありますか?
多くの古流武術がそうであるように、当流においても、武技に筋力を求めるようなことはありません。が、適度な筋力トレーニングは健康に良いですし、個々人の判断に任せております。剣の素振りなどの基礎的な鍛錬については、毎日行うことを推奨しております。
思想について
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精神性など考えず、とにかく技術だけを高めたいのですが
少なくとも当流においては、精神的な成長と、技術の成長は切り離せないものです。他流は分かりませんが、当流の武技は、その人の心が表に現れるものであり、人間性がそのまま技に転嫁されます。もし、技法だけをお求めであれば、当流ではお力になれないかと存じます。
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清廉潔白な人格者になる自信がありません
よく勘違いされるのですが、武術が求める精神性というのは、いわゆる「良い人」的な人格者ではありません。世の中の清も濁もまずは受け入れる。単純な善悪の概念では計れません。清廉潔白な人格者を目指す必要はなく、自分なりに模索しながら、一生懸命生きていけばそれで良いと思います。当流の師範もまだまだ人間として半人前です。